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リウマチさんの住まいの工夫ブログ

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病室のストレス





先日の手術では某大学病院の整形外科病棟に入院、7人部屋のカーテンで仕切られた2.2m×2.4mの空間に軟禁状態でしたので、
退屈しのぎに空間の寸法を測ってスケッチしました。
寸法は正確ですが、スケッチがアバウトですみません。
医療法施行規則によると、2人以上の病室の1人あたりの床面積(内法)は4.3㎡以上とあるので、
それよりは広いことになりますが、
ベッド、床頭台、ロッカー、テーブル、車いす、点滴棒、ゴミ箱と色々なものが詰め込まれて、
点滴、食事、車いすへの移乗のたびに、ものを動かさなければなりませんでした。
さらに、本来は、家族・見舞い客用イスが置けないといけません。
この場合、家族は車いすに座るしかなかったわけです。

そうした広さの問題もありますが、カーテンで仕切られたこの空間以外、病院内で過ごす場所と言えば、同じ階のトイレ、洗面所、デイルームくらい。
入院生活には慣れっこの私でも、居場所がないそのストレスは大きく、
日が経つにつれて元気がなくなってきます。
闘病そのものが辛いのはやむを得ませんが、
空間のストレスが追い打ちをかけることがないように、
心地よい空間とはどんなものか追求したいものです。

野口

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段ボールベッドーその2ー

8月22~24日まで、日本福祉のまちづくり学会広島大会が開かれました。
今年は仕事の都合で24日のみの参加でした。

以前もご紹介した段ボールベッドですが、
メーカーのJパックス(株)さんに企業展示コーナーへ出展していただきました。
水谷社長さんは急遽、広島市で起きた土砂災害の避難所に段ボールバッドを持って行くため、展示コーナーにいることが出来ませんでしたが、
多くの学会参加者の方に体験していただくことができました。



床に座れないリウマチ患者さんにとって、
体育館や校舎である避難所はとても過酷な環境です。
広島の避難所の様子がTVで放映されましたが、
私だったら、かろうじてパイプ椅子を借りて座って眠るか、
床に立ったり座ったりするたびに人の手を借りるしかなく、
次第に遠慮して立ち上がらなくなるでしょう。
リウマチ患者さんが避難所で暮らすためには、
洋式トイレ、洗浄便座、段ボールベッドが必需品です。

以下は広島市の避難所に段ボールベッドが導入された時のニュース映像です。

五代目ゴーヤ

例によって、東向きの寝室は早朝から太陽いっぱいで、
寝坊が出来ない季節がやってきました。

いよいよゴーヤの出番です。
5年前に自然食品店で購入したゴーヤの種を毎年取っては、
緑のカーテンに仕立てています。
今年で五代目。
代を重ねるごとに実は小さくなり、
すでに食べることはあきらめ、
緑のカーテンの効果だけを期待しています。
いつまでこのゴーヤの一族が続いてくれるのかわかりませんが、
今年も元気に芽を出してくれました。



野口

念願の気仙大工左官伝承館 その2

骨折というアクシデントで、報告の順番が後になってしまいました。
昨年末、伝承館が修復中で外観を見ることが出来ず、
3月中旬には公開すると聞いていたので、
3月末に立ち寄ってみました。
写真だけですが、取り急ぎご報告です。

野口











念願の気仙大工左官伝承館

前回に続き、昨年末に旅行した岩手県沿岸南部についてです。
2011年の7月に陸前高田市、大船渡市の仮設住宅を訪問した際、
そのあたりにはもともと気仙大工という優れた大工集団がいたこと、
震災の揺れで家はびくともしなかったこと、
気仙大工によるこの地域の家は立派な作りだったので仮設住宅は狭くて苦労している、
等々の話をうかがって以来、気仙大工の仕事をこの目で見たいと思っていました。

地元の方に気仙大工の仕事はどこに行けば見られるのかとお聞きしたところ、
気仙大工左官伝承館をすすめられ、今回念願がかないました。

陸前高田の中心部は津波で壊滅状態でしたが、この伝承館は高台にあり、
揺れで土壁の一部が落ちたものの、避難者の生活の場として、
いろりやくみ取り式のトイレなどが力を発揮したそうです。

うかがったのは仕事納めの12月28日、
残念なことに、観光客が来ないこの時期にメンテナンスをしようということで、
工事中でしたが、小雪が舞う中東京から来たというので、
案内係の女性がご厚意で内部を見せてくださいました。









こんな太い栗材の大黒柱、見たことない
豪雪地帯でもないのに、何本も重なり合う松の梁、
漁師の家はもっと大きいという神棚(伝承館は伝統的な農家のつくりを再現したもの)
贅沢な欄間や建具などの細工
驚くものばかりでした。

もともとは江戸時代、農家が生活を支えるために大工に従事し、全国に出稼ぎに行ったという気仙大工。
その技術を結集した神社仏閣など日本各地で見ることができるそうです。

陸前高田市の小友町がその発祥の地とのことで、
気仙大工の手による建物の多くが津波の被害にあったと思われます。

今年の3月20日には改修が終わって公開されるとのこと。
その時には再び訪ね、今回見ることが出来なかった外観を拝見したいものです。

野口

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